人はなぜ涙するのか。オリンピックが教えてくれた感情の意味

日々思うこと

いや~、みなさん、オリンピック、見てましたか?
やっと平常運転、ブログ執筆が出来ますが。
お祭りが終わってしまって寂しい(涙)

毎朝3時半に目覚ましをセットし
テレビの前に寝ぼけながら正座してスタンバイの日々。

ほんと毎日、
オリンピックに感情を揺さぶられていました。

勝った瞬間に涙。
負けた瞬間に涙。
インタビューでまた涙。

スポーツって不思議ですよね。
単なる競技のはずなのに、
こっちの心拍数まで上げてくる。

しかも、
ちょっと引いた目で見てみると、
人類ってとんでもないことをしている。

自分たちでルールを作って、
自分たちで苦しんで、
それを世界中で称賛しているんですから。

今日はそんな、
「人間っておもしろいよね」という話から、
最後は自分の感情を大切にしようという話にクリーンに着地!させたいと思います。

単純にタイムを競う競技は、人類の限界実験

100メートル走。
競泳。
スピードスケート。

ルールはシンプル。
とにかく速い者が勝つ。

これってつまり、
「人間の体はどこまで速く動けるのか?」という壮大な実験ですよね。

筋肉の収縮スピード。
酸素の取り込み量。
スタートの反応時間。

ほんの0.01秒を削るために、
何年もかけて体を鍛え続ける。

それはもはや、
自分の体との対話であり、
DNAへの挑戦状。

「まだいけるだろ?」

と、
人類全体が自分自身に問いかけているようにも見えます。

限界を更新するたびに、
「人間ってすごいな~」と感動します。

細かいルールの競技は、究極の自作自演?

一方で、
体操やフィギュアスケートのように、
細かい採点基準がある競技。

あれを冷静に見ると、
なかなか哲学的です。

まず人間が、
「この技は難しいから高得点」
と決める。

そしてその難しい技に、
また人間が挑む。

自分たちでハードモードを設定して、
自分たちで攻略しにいく。

まるで人生そのもの。

不思議ですよね。
わざわざ苦しくなる道を選んでいる。

けれどその苦しさが、
美しさになる。

人類はきっと、
ただ生きるだけでは物足りない生き物なんでしょう。

F1が証明する、競争は進化を生むという事実

例えばF1。
あれも究極のルール競技ですよね。

エンジンの排気量。
車体のサイズ。
空力の制限。

がんじがらめの規則の中で、
各チームが知恵を絞る。

すると何が起こるか。

技術が進化する。
素材が進化する。

レースのための挑戦が、
日常の車の安全性向上に繋がる。

つまり、
「遊び」のように見える競争が、
社会全体を前に進めている。

もしかすると、
人間のDNAにはこう刻まれているのかもしれません。

進化せよ。
挑戦せよ。
昨日の自分を超えよ。

進化は義務ではない。でも本能だ。

そしてアスリートたちの進化を推し進める原動力は
”感情”だと思うんです。

勝った時の喜び、負けた時の悔しさ。
けがをした時の絶望、
それを克服して栄光をつかんだ時の誇らしい気持ち。
自分や誰かに打ち克った時の感情を味わいたくて、
苦しい鍛錬に打ち込めるんだろうと思うのです。
人は、感情を味わいたくてこの世に存在しているんです。

大人になると、感情を置き去りにしてしまう

子どもの頃は、
嬉しければ全力で笑った。
悔しければ全力で泣いた。

でも大人になると、
「まあ仕方ないか」
と飲み込んでしまう。

感情にフタをして、
効率を優先する。

でもオリンピックを見ていると、
思い出させてくれるんです。

勝った瞬間に崩れ落ちる姿。
負けて涙をこらえる姿。

あのむき出しの感情に、
人は心を動かされる。

つまり、
感情こそが人間らしさ。

効率でも、
合理性でもなく。

感情を失った瞬間、人生はただの作業になる。

人類はルールを作り、
限界に挑み、
進化を目指す。

でもその根っこにあるのは、
きっと感情。

だからこそ、
涙が出るほどの瞬間を大切にしたい。

さあさあ、オリンピックの次はWBCが始まりますよ!
ムネアツの瞬間を味わいましょう。

感情を味わえるうちは、
人間はまだ進化の途中なのです。

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